プレス工場で働きたい人が押さえておきたいプレスの基礎

2024/1/29 更新
プレス工場とは?
トヨタ自動車では、2023年の世界生産台数を過去最高の1010万台としていますが、1010万台分の大型部品は秒刻みの計画に基づき、世界各国に点在するトヨタ自動車用のプレス工場で製造されていますが、自動車のシャーシ(骨格)やボディを生産するプレス工場では、大型の3000トン、5000トンの油圧プレスが用いられています。
多くの場合、プレス工場は広大な敷地のなかに立っていますが、敷地に足を踏み入れるとドーン、ドーンと地響きのような重量ある音と振動が足下から断続的に立ち上がり、その姿を見ない段階からプレス機の力強さを感じることができます。

自動車のプレス工場には、車体に使われる鉄板(鋼板)が製鉄会社からトイレットペーパーのようにロール状に巻かれた状態で運ばれてきます。その鋼板を成形するサイズに合わせて専用カッターで切断します。そして、ここからプレス機の登場です。
上下の金型の間にカットした鋼板をはさみます。金型が密着する(圧力がかかる)ことで切る・抜く・曲げるなど意図したとおりの複雑な成形が瞬間的に行われます。この工程を繰り返すことで、一枚の鋼板はドア、ボンネット、天井などの自動車用の大型部品へと姿を変え、毎分数十枚のスピードで成形されていきます。
また、経済成長期の日本やものづくりの現場を支えてきたプレス工場やプレス機は、金属加工産業の花形といえる存在であり、日本のプレス加工のノウハウや技術は世界でもトップクラスのレベルに位置します。自動車産業、家電メーカー、電子部品メーカー、精密機器メーカー、金属加工メーカーはもちろん、私たちが普段使っている硬貨にもプレス加工の技術が利用されていて、プレス加工された製品は海外にも多数輸出されています。
プレス工場で稼働するプレス機は、小型から大型まで多種多様
成人男性24万人が同時に押したときと同じ力でプレス可能な斗山重工業(韓国)の鍛造工場では、2017年に独自開発した1万7000トンの世界最大の巨大プレス機(高さ29m/幅9 m)が登場し、その規模と能力に世界の耳目が集まりました。プレス機というと自動車産業で用いられている大型のものをイメージしがちですが、工場や製造する製品によってサイズはさまざまで、ICチップなどの小型部品の成形に特化したプレス機もあります。
プレス機の能力は「圧力能力」「トルク能力」「仕事能力」の3つの要素で構成されていて、この3要素をもとに稼働までに入念かつ緻密な設計が求められます。大型プレス機ともなれば売価は数十億円になりますが、「でかい」機械設備を保有し、膨大な維持費を賄えることは協業他社への差別化につながるため、金属加工や板金を手がける企業で働く人にとって大型プレス機を保有することは、夢であり誇りでもあるのです。

プレス工場で「プレス工」として働くための適性
資格がなく初心者としてプレス工場で働くプレス工には、次のような適性が求められます
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✓ ものづくりや機械いじりが好き
✓ 同じ作業を根気強く続けられる
✓ 計算が得意
✓ 集中力を長時間維持できる
✓ 注意深さや観察力に自信がある
✓ 危機管理に興味がある
✓ ダイナミックな仕事が好き
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プレス工の仕事の流れは「作業① 金型をセット」 → 「作業② プレス機を稼働させる」 → 「作業③ 仕上げ」の主に3つに分けられますが、強い力で材料に圧力をかけて部品を成形するプレス機の使用方法を誤ると、人命にかかわる事故や重大事故につながるリスクがありますし、プレス機は単純作業を繰り返しながら鋼板や素材を連続的に成形していくことから、根気強い、集中力が高い、注意深い……といったタイプの人がプレス工としての適性を備えている人といえます。
逆に、「飽きっぽい」「規則や約束を守らない」「時間やお金にルーズ」といったことに心当たりがある人は事故を誘発する可能性が高いため、プレス工場に勤めることは避けたほうがよいでしょう。

プレス工場で「プレス工」として働くうえで最も重要なこと
漫然と業務に臨んでいると判断ミスや計算ミスを招くことになりますし、プレス機の操作や設定を誤れば高価な材料をムダにしてしまい、勤め先に膨大な損害を与えるリスクもあります。
実際に、プレス作業中に金型の間に手、指等などをはさむ事故が毎年発生していて、その多くが身体に障害をきたす災害になっていることからも、成形状態を見て「削りすぎている」「削りが甘い」「作動音に異音を感じる」などのインシデントやわずかな差異を察知するリスクマネジメント意識(危機管理能力)が、プレス工に求められる重要な素要になります。

プレス工場で「プレス工」として働くうえで必要な基礎知識
上下の金型の間にはさんだ材料に強い力を加えて繊細な形状に成形するプレス機は、金型を交換することでさまざまなプレス加工ができる「汎用タイプ」が最も有名ですが、技術の進化によって近年は多種多様なプレス機が誕生しています。
プレス工場に限らず金型設計、金属加工等のものづくりの現場や生産現場で働くには、プレス機の基礎知識を養っておく必要があります。特に、【プレス機の主な動力】や【プレス機の主な種類】はしっかり学んでおきましょう。
プレス機の主な動力
プレス機には機械式、油圧式、水圧式、空圧式、サーボ式などさまざまな動力源があります。
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■機械式
機械式にはクランク式と呼ばれるものが多く、繰り返し動作が可能なうえ往復動作のスピードが速いメリットから、大量生産や生産性を重視する生産現場で広く使用されています。
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■油圧・水圧式
プレス機のスタンダードタイプである油圧式には、〈機械式と比べてストロークに制限がない〉〈長時間ストロークに対応できる〉〈導入コストは比較的安価〉といったメリットがあります。半面、液体を使用しているため液漏れのリスク、動作スピードが遅いというデメリットも。
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■空圧式
空気を動力源とし、圧入、カシメ工程(金属の板と板をつなぎあわせる工法)、刻印、曲げ、成形などの工程で使用されています。軽さと静穏性が空圧式のメリットとされる半面、空気の圧縮により容積が変化するため、精密な制御には向いていないデメリットもあります。
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■サーボ式
サーボモータを動力源とするプレス機で、クランク式とスクリュー式の内部構造の違いがあります。さらに、位置(ストローク)、スピード、推力を任意で設定できるため、高精度な加工に対応可能というメリットも。
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プレス機の種類
ここでは、生産現場で広く普及している4つのタイプを紹介します。
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■汎用プレス機
もっとも一般的なプレス機であり、金型を交換することでさまざまなプレス加工が可能
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■自動プレス機
自動化された無人の生産現場で稼働することが多く、長時間の稼動が可能
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■高速精密プレス
自動プレス機のひとつで、フィーダーでコイル状の材料を自動で送り、1回のプレスで完成品まで成形することが可能
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■ダイイングプレス
材料供給の自動機能を備えていることから加工中は人手が不要であり、電子部品、精密部品、ネジなどの小型部品の自動加工を高速多量に生産できる
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プレス工場で「プレス工」として働くうえで役立つ資格
自動車や家電などの大量生産には、ミリ単位の誤差なく同じ部品を製造するプレス機を使った加工が必須ですが、プレス機の操作は誰でも簡単に行えるわけではなく、一般的に「プレス機械作業主任者」の資格を有した人が現場の責任者になり、プレス機の設定・管理などに従事しています。
また、プレス工場で働くために特別な資格は必要とされませんが、プレス工場で働くために取得しておくと役立つ資格に「金属プレス加工技能士」「工場板金技能士」などがあり、これらの資格を取得することがプレス工としてのスキルの証になります。
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■プレス機械作業主任者
受験資格は「プレス機械による作業に5年以上従事した経験を有する者」。資格はプレス機械の異常や安全装置の故障に適正に対処できる技術の証であり、資格取得後は現場責任者やプレス機の点検などに従事できる。
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■金属プレス加工技能士
等級は 2級、1級、特級がある。2級は実務経験2年以上、1級は7年以上の実務経験または2級合格後2年以上、特級は1級合格後5年以上の実務経験が必要。
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■工場板金技能士
等級は 3級、2級、1級、特級がある。3級は初級技能者程度で期間不要の実務経験があれば受験可能。2級は中級技能程度で実務経験2年以上。1級は上級技能程度で実務経験7年以上、特級は管理者・監督者が有すべき技能程度で1級合格後、5年以上の実務経験が必要。
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プレス工場、プレス工の将来性
大型プレス機を使用する自動車業界では、ボディやシャーシなどの大型部品にはこれまで硬くて強い鋼板が多く用いられてきました。
しかし、電気自動車へシフトするEVシフトによってバッテリーの“もち”をよくする車体の軽量化が自動車業界における命題になったことで、軽くて成形しやすいアルミニウム(下画像)をはじめ、宇宙開発などでも注目を集める炭素繊維をつなぎ合わせたカーボンナノファイバー、さらには軽さ、強度、耐膨張性に優れたバイオマス素材のセルロースナノファイバーが、自動車のボディ素材として用いられるようになっています。

これらの新たな素材をプレス加工する際には、素材の特性に合わせた加工技術が求められるため、10年後、20年後には現在は稼働していないニュータイプのプレスマシンが多くの生産現場で稼働しているかもしれません。そう考えると、プレス機の進化は金属加工などの生産技術の進化にとどまらず、ものづくりのあり方を根底から変えてしまう重要な役割を担っているともいえるかもしれません。
——日本の製造業(ものづくり)の“屋台骨”と呼ばれ、製品を加工・生産するほとんどの現場で金属プレス加工が活用されている点からも、今後も安定してプレス工の需要は続き、その活躍に期待が寄せられます。